みなさま、こんにちは
本日は最近みたDVD(ザ・メッセージシリーズⅡ樋口 廣太郎)のご紹介です。
ザ・メッセージシリーズは、経営者のインタビューをもとに、一つの成功ストーリーとして作られていて、それぞれ興味深い内容になっています。なぜ、樋口 廣太郎さんを選んだかといいますと、人間味があり、人を惹きつける魅力を感じたからです。樋口 廣太郎さんは三井住友銀行に入行後、最年少で副頭取まで出世しましたが、融資方針について頭取と対立して、三井住友銀行を退き、アサヒビールの社長になる道を選択しました。樋口さんが社長になった1985年当時のアサヒビールは30年間ビールシェアが下落していて、一桁台(9.6%)まで落ち込むなど、厳しい状況下にありました。
なぜ、数ある企業の中でアサヒビールを選んだかといいますと、一番業績が悪く困っていて、自分が何とかしないといけないと思ったからというから、すごいです。
逆境こそ絶好の好機という信念をもとに、社員の心に灯をともし、1987年のスーパードライのヒットにより、シェア24%まで回復させました。
勉強になったことは次の点です。
①情報の大切さについての語りです。「情報」は情けに報いると書きます。発信する方は、相手のことを想い、また、受信する方は、「ありがとう」という感謝の気持ちを持つことが大切であります。「そんな情報は私には関係ありません」、「もう聞いている内容です」といったむげな対応は情報の価値を下げます。
②「信は基なり、財は正なり」っといった言葉も勉強になりました。
その意味は、売上を稼ぐことは大切なことでありますが、信用を築くことがその基となるという意味です。
③琵琶湖の湖は周りより地形が低くなっていて、そのおかげで水が集まるとのくだりです。人間も一緒で、低い姿勢でないと色々必要なことが集まらない。
④社長就任時に同業他社の社長・会長や、アサヒビールの取扱店を一件づつ回り、問題点について尋ね歩いた行動力です。
「叩かない扉は開きません。」「尋ねなければ、誰も話をしてくれません。」といった言葉は胸に響きました。
みなさま、おはようございます
本日は、小松市の観光名所のご紹介です。
2013年に開設した【こまつ曳山交流会館みよっさ】についてです。
1640年に加賀前田家の3代当主、前田利常が隠居のため、小松城に入り、絹織物などの
産業が発展しました。その頃から、町人たちの芸術文化も開花して、歌舞伎は1766年ごろにはじまったと
言われています。
市内8町が曳山を所有しており、春季例大祭り(5月に行われるお旅祭り)に際して、
曳山の上で子供歌舞伎が上演されます。
その歴史は約250年間続きます。
本来祭りが終わると解体される曳山ですが、
現在、2町2基の曳山を常時展示しているとのことで、まつりの時期にしか見られない
曳山を常時みられる施設に一度お立ち寄りいただき、小松の歴史に思いをはせて
みてはいかがでしょうか。
こまつ曳山交流館みよっさ - 小松市八日市町の観光名所 (business.site)
みなさま、こんにちは
本日の日経新聞さんの記事によりますと、2月1日時点で集計した、
東京都の人口が前年同月比を下回り、1395万人になったとのことです。
1996年6月以来、24年8か月ぶりとのことで、東京一極集中の流れが変わってきている
ことが数字からもうかがえます。
転入者より転出者が増えている転出超過の状態は7カ月連続とのことで、1月に比べて7321人減少になりました。
コロナの感染拡大による、他県への転出が増えているほか、出生数が減ったことと、外国人の移住が減っていることなどが影響した模様です。
小松市は2008年より自然減は続いおり
転入・転出の社会動態を合わせた人口は10年間で2,600人ほど減少しております。
住んで良し、訪れて良しの定住人口を含めた交流人口の拡大はなかなか難しい課題です。
みなさま、おはようございます
寒さ厳しい朝を迎えていますが、本日は終日、快晴の日となりそうです。
本日、小松大学の前期試験が行われ、500名ほどの方々が受験に臨みます。
今年で全学年が揃い、1,000名近い大学生が小松大学で学びます。
そして来年は初めて小松大学を卒業された生徒さんが社会に羽ばたきます。
受験生のみなさま、試験頑張ってください。
いい結果に恵まれることは当然喜ばしいことですが、
まずはみなさまがベストを尽くされることを祈念しております。
みなさま、こんにちは
本日はいい会社のご紹介です。
島根県太田市大森町にあります中村ブレイス株式会社のご紹介です。
石見銀山が2007年に世界遺産に登録される前より、私財を投じて地域に残る古い空き家を引き取り、
修繕して社員寮や工場だけでなく、宿泊施設、オペラハウス、パン屋などの賃貸物件などに転用し続けています。
中村ブレイスさんは義肢装具の製造メーカーでありながら、まちが元気でなくてはならないとの創業者である
中村俊郎さんの情熱で古民家再生を行っています。
今や、その数63件にのぼります。
引き取り・改修した物件を月額2万5千円で賃貸していること、
また、お子様のいる世帯には子供一人につき5,000円減額して貸出を行っているとは、
まちの活性化を第一に考えていることがうかがえます。
人口415人の過疎のまちにあって、100人を超える社員の雇用、海外約30か国から注文が舞い込み、
年商10億円を超える企業へと成長されました。
まちづくりに携わっていると思っていた私ですが、私財を投じて古民家再生を行っている
中村ブレイスさんを見ると、自分の器の小ささに、恥ずかしい思いとなりました。